〜白川夏妃 横顔〜

怖いもの知らずな幼少期

大阪市内の病院で産声をあげる。

幼少期は女この子と遊ぶより、

近所の男の子達と走り回って遊ぶのが好きでした。

なんの不安もなく(この時期なら当たり前ですがw)、

育った天真爛漫な女の子。

しかーし!

幼稚園では内弁慶で口数もすくなく、

ほぼ友達も作らず過ごす、暗らッ。

小学校に上がる頃、両親に忍び寄る闇。

(えっと、簡単に言うと父に二号さんがいたのです)

 

徐々に確立されていく心の闇

私、8歳の時に両親が離婚。

離婚と同時に私は母方の祖父母にあずけられ、

そこで思春期を過ごす。

まぁ、母が育児放棄したわけですゎ。

8歳の私の解釈は、

『ママは行方不明者』でした、笑。
(当時、笑い事ではなかったけどw)

小学生の時は田舎だったせいか、

みんなクラスの子とはとっても仲よくて、

学校内では楽しく過ごしていました。

母がいなくなり、心の奥底では、

「どうして私を置いてどっかにいっちゃったのかなぁ…」

って、大好きだった母に捨てられたのかな、という想いは、

ずっとずっと消すことはできませんでした。

両親が離婚するまでは天真爛漫な子でしたか、

祖父母の元育てられた私は、

祖父母に余計な心配をかけまいと、

自分の感情を抑えて生きるようになっていました。

(ちっちゃいのに頑張ってたw)

 

 

真面目な魂と不真面目なマインド

中学にあがり、

そこでも学校での生活はたのしかったんです。

どちらかというと、大人しい子になっていましてね。

天真爛漫にはもうなれなかった、って感じです。

自分の感情を抑えることに慣れてしまっていたんですね、知らず知らずの間に。

部活にも参加し、

泳ぐのが好きだったので水泳部にはいりました。

夏しかプールに入れず、

冬になると、じみーにランニングなどのトレーニングをするのですが、

夏が花形な部活だけに、

冬には部活に参加する生徒もいなくて。

それでも真面目に毎日部活に参加していた私を見て先輩が、

「夏妃は三年生になったらキャプテンを務めてね!」

と言われ、そんなうつわもないのにキャプテンになっちゃいます。

小心者で内弁慶だった私にはかなりのプレッシャーでしたね(≧∇≦)

高校へは希望高には行けず。

というのも勉強が嫌いで言い訳ばかりして、

毎回試験勉強から逃げてました。

なので落ちこぼれ組。

行きたい高校があったけれど、

そりゃ勉強しなきゃ、

うかりませんよね。

偏差値も足りず、

行きたくない高校へ進学決定〜w

そこで、イジメにあうんです。

 

笑顔が失われた三年間の高校生活

高校1年の時、クラスで一番人気者の子から総ムシにあいます。

原因は私にもあったとおもいますが、

クラスの全員を巻き込んでの総ムシには、

かなり参りました、笑。

女子校だったんですが、

彼女はとても人気者だったので、

彼女の言うことに皆が従ったんですね!

みんなその子から嫌われたくないから言うことを聞くんです。

私はその高校でまったく楽しくない三年間をすごしました。

コマしな言い方すれば「楽しくない」、

正直に表現しますと、

「地獄のような」(地獄しらんけどw)高校三年間でした^_^

エスカレートでそこの大学へも進学できたのですが、

絶対こんなところから出てやるんだー!

と強く思うのでした。

 

バブリーなお嬢さん学生の生活

無事に希望していた他の短大へ入学。

俗に言うお嬢さん学校でしたが、

のんびりした性格の私にはとても合った学校でした。

そこで知り合った友達はいまも仲良くしています。

高校三年生の時に育ての親である祖父が亡くなります。

亡くなる直前、行方不明だった母が戻ってきました。

母と私、10年ぶりの再会です。

おじいちゃんが亡くなる悲しみと、

母に再会できた喜びとが混ざり合い、

なんとも言い難い感情でしたが、

その時は祖父が亡くなる悲しみのほうが大きく、

押しつぶされそうだったことを今も覚えています。

母がもどり、私の短大生活に拍車がかかります。

母がそばにいてくれる幸せと、

父の仕事もうまくいきます。

(母はアゲマンw)

そう、バブルの時代。

あ、因みに私が20の時に両親が再婚するんですょ。

(ややこしいw)

バブルの時代と父の仕事がうまくいっていたので、

今思うと考えられないくらいのバブリーな生活を送っていました。

欲しいものはなんでも買ってもらえましたし、

旅行も頻繁にいきました。

常にファーストクラスでの移動。

なんの不自由もない、

心配ゴトもない、

今思えばゴージャスな生活だったと思います。

 

箱入り娘のおバカな話

短大卒業すると、父の大コネで広告代理店へ就職。

その時の私のアホさ具合がわかるエピソードがあります。

私は就職したくなくて。

短大から大学へ編入にたかったんです。

でも父が、

「会社に就職をして、男の人が会社でどうやって働いてお金を稼いでいるのか知ってきなさい」

と言われたんです。

就職したくなかった私は、

「わかった、だけど朝が苦手だから一番遅い出社時間の会社にしてください」

とお願いしました。

バッカでしょ~、書いていて恥ずかしい。

そしてさらにここから、バカさ具合炸裂。

父が、

「夏妃、就職先きまったぞ。「〇〇」ってとこだ。入社する事は決まっているが試験は受けてきなさい」と。

私はその会社の名前を聞いて

「へ~~、「〇〇」っていう会社かぁ。運送会社だな。きっとそこで私は事務の仕事とかするんだ〜」

と思ったんです。

お友達にも「夏妃どこ就職すんの?」ときかれ、

『ん~どうも運送会社みたあなんだょねぇ…』と答える始末。

その会社の名前って、

もうお分かりの方もいらっしゃるかもしれませんが。

 

私がなぜ運送会社と勘違いしたかというと、

その広告代理店の名前が、

運送会社の「日通」と似ていたからです。

大手の広告代理店に就職が決まっているのに、

当の本人は、「運送会社の事務の仕事するんだ〜…」

と思っていたわけです。

ほんとバッカでしょ~~〜、笑。

あー、はずかし。

ま、そんなバカお嬢が、

そんな大手の広告代理店にポイっと就職したわけですから、

そりゃ社内でも話題で。

[アホ娘が我が社にやってきた]、

くらいの噂にはなっていたとおもいます、ハイ笑。

 

 

幸せの絶頂期、その裏側にあるマインドの恐れ

働いていた期間はみじかく、

退社したあとは、花嫁修行に勤しみます。

お茶、お花、英会話やお料理教室。

その数年後めでたく私は結婚をし、

アメリカ、ロサンゼルス州で住むことになります。

贅沢極まりない生活です。

住んでいたのはビバリーヒルズ。

 

 

幸せすぎて怖いくらい幸せの絶頂でした。

ここ↑ポイント

幸せすぎて怖かったんです。

ここ↑ポイント・アゲイン。

幸せを受け取れなかったんですね、今思うと。

(ま、この話はスピリチュアルになるのでプロフィールに関係無いので省きます。)

幸せすぎて怖かった私におとずれたのは、

当然…

離婚です。

(離婚理由はかなり長くなるのでこれも省きますw)

 

 

突然やってきた天国と地獄

そして、

日本に帰ってきた私を待ち受けていたのは…

父がある事に巻き込まれてしまい、

家族の生活が一転して、

天国から地獄へと一瞬にして変わったんです。
(天国も地獄も行った事ないけどアゲインw)

我が家のバブル期の崩壊です。

「天国から地獄な生活」に変わったわけですから、

それはそれは苦しくて、

悲しくて辛くて。

一家は全て失います。

経済的にも世間的にも完全にに崩壊していました。

大好きだった母は、

その心労で亡くなってしまいます。

 

私たち一家が巻き込まれる事件の内容も、

説明すると、

一冊の本になるほど長いので省きますw

 

実際、本になったんですけどね。

あ、言っちゃった。

 

自己評価の低い私が仕上がっていく

この頃から私の思考回路は、

ネガティブに変化していくのです。

才能ないし、
出来悪いし、
こんな歳だし、

働くなんてできない…

みたいな…。

とにかく、

じーーーっと殻にこもっていました。

 

いろんなひとの目を気にして、

周りを気にして、

人も信用できなくて、

誰にも心開かない状態が、

長く、長く続きました。

そして、再び私は結婚をします。
(めっちゃ途中、省きましたね、笑)

結局のところ、私は

二度の結婚、離婚を経験することになるのす。

(めっちゃ省くアゲインw)

そして、今に至る。

専業主婦がながかったため、

「何もできない私」、

「才能がない私」で暮らしていました。

ずっと
ずっと

そんな自分か嫌で。

でも、なにも行動もできなくて。

 

 

人生を変える出会い

今年2018年になった時、

このままじゃ嫌だ!

変わりたい!

その気持ちがピークになり、

いろんな自己啓発本を読みました。

そこには自分の好きなことを仕事にしようって書いてありました。

自分の好きなことって何だろう?

と、考えた時、

ずっとタロットが好きだったことを思い出すんです!

ずっと昔に習ったタロット。

趣味でしていたタロット。

もう一度ちゃんとやってみよう!

そうおもい、すぐ先生を探しました。

そして、まず関西で見つけた先生について習います。

その後、タロットの協会があることを知り、

TRA みさきのゑさんと出会います。

今所属している

「TRA:一般社団法人タロットリーダー協会」です。

 

明るく、ハッピーに人生を生きよう!と立ち上げられた協会です。

そんな、みさきのゑさんの元タロットを学び、

人生を学び、わまりを、暖かく、ハッピーに!

人生を前向きに生きるためのツールとして、

タロットをお役立ていただければ幸いです。

 

 

そして、もともと私は、

東京で活躍されているメディカルアロマの

エキスパートの師匠の元、アロマの勉強をしていました。

アロマのインストラクターをしています。

 

日本ではアロマオイル(精油)は雑貨扱いですが、

フランス・ベルギーなどでは、一部保険がきく

医療に関わりがあるものとして認識されています。

「メディカルアロマ」と言う分野が、

今後、日本の医療にも役立つことができるようになっていくと信じています。

そのMedical Aromaカルアロマを生かし、

心身を健全な状態に保つため、

タロットとも融合をご提案していきたいとも思っています。

アロマとタロット?

と思われるかもしれませんが。

潜在意識に語りかけるタロット、

自律神経、特に副交感神経にアプローチするのが得意な

メディカルアロマです。

心の癒しにはなくてはならない、

あなただけのお守りの様なアイテムとなりえます。

少しでもあなたの日常が明るく、

あたたかいものになりますように。

 

心の光 メンターとの出会い

今年2018年前半は、

目まぐるしい程のインプット&アウトプットがあり、

私の人生の中で一番、

自ら行動を起こした年でした。

自分が好きなこと。

それらにより自分が変われたこと。

まだまだ人生こらからなんだって… 、

自分が50後半になって、

やっと、わかってきたことです。

せっかく生まれてきたのに、

「今まで私は何やってたんだろう?!」って思いは、正直ありました。

今頃気付くなんて、って焦りも正直ありました。

でも、タイミングって、

その時が自分のタイミングです。

 

心の奥底では、

ずっと変わりたかったんだと思います。

どうせ無理、そんな言葉を心の中にしまっていたんだと思います。

 

自己評価がかなり低かったわたしは、

人生の時間が限られていることを、

50歳も後半になってきて、

本当に切実にそれを感じるようになってきた時に、

こんな自分は嫌だ。

変わりたい!

と強く思うようになりました。

本気でそう思ったわたしに、

光がさしたように現れたのが、今のわたしのメンターの存在です。

 

メンターという言葉もこの時知りました。

生き様を教えてくれる人、みたいな感じ。

実はこのメンターとの出会いがわたしの人生を大きく変えました。

心のあり方

生き方

人との関わり相方

それを学んでいくうちに自然に、

そしてダイナミックに行動できるようになったんです。

自分を生きるよう!

そう「決める」ことができました。

 

人生の扉を開くとき

これらの出会いがわたしの人生の新たな扉を、

開く勇気を持つことができたのです。

 

メンターに出会って、

心が楽になり、

人生が楽になりました。

 

心から怒りや憎しみが消え、

穏やかで、優しい気持ちを持つことができました。

 

少しづつですが、そんなお話も

このブログでしていきたいと思います。

 

 

 

私はいま、

生かされている事への有難さを、

本当に、しみじみとかみしめています。

生まれてきたこと、

今ここに「在る」ことの奇跡に感謝しています。

この世に来て良かった。

人生味わえることを体感している。

これって凄いことになんだって、

今更ながらドキドキしています。

こんなアラカン女子ですが、

よかったら会いに来てください。

タロットでも、アロマセミナーやカウンセリングでも。

 

なにか少しでも、

あなた様のお役にたつことができたなら、

それは私にとって、

とてもとても嬉しいことです。

 

悩みがあるなら消化していきましょう。

必要ないものは手放していきましょう。

人生を楽しくするも、

苦しくするも、

自分でデザインできます。

それに気づいたらラッキー!

それはいつからでもできます。

 

 

長々とワタクシゴトを書きましたが、

最後までお読みくださり、

ほんとうにありがとうございます。

 

 

それではいつか、

お会いできる日を楽しみにしています。

白川夏妃